大昔にはお金というものはなく、古代の原始社会では、暮らしに必要な物をすべて自分で生産するという『自給自足社会』でした。
やがて人々は、物と物の交換により、欲しい物を手に入れるようになりました。
『物々交換』では、自分が欲しい物を手に入れるために、相手も自分の物を欲しいと思ってくれなければならなりませんでした。
そこで、誰もが欲しがる品物を交換の仲立ちに使うことを思いつき、穀物などが『物品貨幣』としてその役目をするようになりました。
これが日本の場合、最初は『稲・お米』でした。
当時は稲のことを『ネ』と呼んでいたといわれています。
そして、値段・値打ちの『ネ』の語源になりました.